何年振りかのママ友とばったり会ってしまった
今年町内会の班長になってしまった。
10年に一度くらい回ってくるらしい。今回が3度目だ。新旧合同の4月の班長会に嫌々出席する。この第一回目の恐ろしいところは役員決めがあるところだ。旧役員の方々が、会計だの、防犯だのと、「何何さん、どうですか?」などと静まり返る中、一人一人にお伺いを立ててくる。
旧役員の漫才師のようなおばさん(おばあさん)が私の隣に座るおばさんに、「何何さん、どこどこでは本当にお世話になりました、どうですか?全然難しいことないの~」と、ものすごい圧だ。
隣のおばさんは負けた。私は役員決めから逃れることが出来たのだった。
帰り際、「Nさん!」と声をかけられた。?あっ?Mさんだった。何年ぶりだろう?多分娘の小学校の卒業式以来だ。娘はこの春から就職した。ということはMさんの息子もこの春から働き始めている。
Mさんとは近所の公園で知り合った。家は5分と離れていない。うちの長男とMさんの長女は同級生である。そしてうちの長女(2番目の子供)とMさんの長男も同級生だ。
どうしても話題は子供になってしまう。それが自然である気もする。
うちは長男は現在24歳だがまだ大学院生で、「まだ学生やってるよー」でスルーできた。が、息子と同級生であるMさんの長女は短大をでて、20歳から働いている。
「長女ちゃんはどんな仕事してるの?」と聞くと、「パナソニックのライト?の設計図?を書く?ような仕事をしてる。」という。
私は聞いた。「学校でそういう勉強してたの?」
そうじゃないけど、なんかそうなったらしい。そこまではいい。問題は次だ。ほぼリモートで週に1度くらい出社すればいいらしいのだ。
また、娘の同級生のMさんの長男も、まだ働き始めたばかりではあるが、今のところ週2でリモートワークがあるようだ。
私の娘は国立出である。彼女の娘は名もない短大であるはずだ。息子の方も、日東駒専レベルと聞いている。
私の娘がフル出勤の会社に勤め、短大出の彼女の娘がリモートワークを勝ち得ている。
なぜこんなことが⁉️
人生はまだまだ長い。今後何がどうなっていくのかは誰にも分からない。
バシャールも言っている。「あなたは何も知らない。あなたがわかることは何が起こったかだけだ」
いや待て、何かで読んだか聞いた。人生は25歳時点でほぼ決まる、と。そんな気もするようなしないような…
今現在、私はなにか、納得出来ないでいる。
2 息子の成長ホルモン治療の事
息子が2歳になる前に長女が生まれた。
相変わらず息子は小柄で少食、偏食であった。
しかし、それ以外は好奇心も旺盛で普通の子供と変わらなく過ごしていた。
3歳になり幼稚園に通い始める。嫌でも他の子との体格差が気になる。1番小さい子たちよりさらに一回り小さい。体が小さいこともあり幼稚園カーストは底辺である。心無い言葉をかけられることも度々ある。ちびすけとかね。
幼稚園児の男子って凄く活発で乱暴で私は怖かった。息子も小さいから怖かったと思う。
この頃になると2歳年下の妹と並んでも同じくらいの体格で双子かと思われる事もあった。
まだガラケーを持つようになって3.4年の時代だった。ネットで検索、というのも私にはまだ当たり前ではなかった。育児に忙殺されていたのもあるだろう。この「なにかおかしい」をどう解決していいのかわからなかった。
しかし少しづつ時代は変化する。ある日私はパソコンを立ち上げ、いくつかのキーワードを入れた。ようやくインターネットが私の中で接続された時期だ。
すると「低身長性成長ホルモン分泌不全」という病気がある事を知った。
あ!((((;゚Д゚))))これだわ
…こんなにあっさりと糸口を見つけられるとは…
すかさず夫の部屋に行き、インターネットで何か見ていた夫に「ねえ、これ読んで」と言ったが、イライラと「今はこっち見たいんだよ💢💢」と。
あれから20年経つ。今思い出してもどす黒い感情が蘇る。私は夫を一生許さない。
1 息子の成長ホルモン治療の事
息子は今年24歳になる。身長は169.5cmだ。
どうだろう。少し低いと思うだろうか。
息子が生まれて3ヶ月検診に行った日、私はよその子と息子の体格の差にショックを受けた。面倒くさがりな私は息子が4ヶ月になってようやく「3ヶ月検診」に連れていった。11月生まれだったのもあり、外は寒く、乳幼児を連れて出かけることもなかったため、よその赤ちゃんと比較する機会が無かったのだ。
よその子はまだ3ヶ月だというのに、息子よりがっちりしていてふっくらとしている。話を聞けば、ミルクもよく飲むという。
私は、子供というものは勝手に育つものだと思っていた。育児本を読むこともせず、特に不安を感じることも無く4ヶ月間適当に育てていた。
この4ヶ月、私はまともにミルクを与えていなかった事に気がついていなかった。というのも、母乳が出ていると思っていたし(貧乳なのに)、粉ミルクを補助的なものと考えていたので、粉ミルクの缶に書かれている月齢別ミルクの量を無視して、ほんの少しだけ作って飲ませていた。
言い訳をしたい。それは産婦人科のおじいちゃん先生が母乳が一番と刷り込んだからだ。私は育児に対して全くの無知であった。
検診から帰ってきた私は、今迄とは違う目で息子を観察するようになった。何かおかしい。
その日から、大して出もしない母乳をやめ、たくさんミルクを飲ませる事に執着し始めた。
しかし今迄が少なかったからなのか、あまり飲まない。そうこうするうちに、6ヶ月になり、離乳食を始める。が、全然食べない。食べたと思ったら吐く。
息子だけ見ていると、日々成長していて、よく笑い、少しづつお喋りをはじめて本当に可愛い。しかし、よその子と一緒になると、途端に小さくて貧相である。
いったいなんだろう?どうして息子はよその子と比べてこんなに小さいんだろう?
この頃私は暗い黒い不安の中に生きていた。
4 簿記3級 舐めてた
3度目の簿記3級試験。58点不合格。
すぐに4回目の試験の予約を入れる。1週間後である。
簿記のネット試験は受けたテストの問題がもらえない。なので、何を間違ったのかわからないのである。これは本当に困った。どこでつまづいているんだろう?
あと1週間、まだ勉強が雑なのか?もう一度、間違ったところの復習をする。しかしある疑問が湧いてきた。
教科書、問題集、たぬきち、この三つだけでは合格できないのではないか?何故か?この三つに載っていない難問が出てくる。解けない。完全に応用問題の練習不足である。
試験前日、YouTubeで「簿記3級 本試験レベル 模擬試験」というのが目に止まった。
勉強というのはあちこち手を広げず、自分の選んだ教材をきちんと理解する事で合格するものだ、と思っていた。が、合格できない。
…本試験レベル?
私の教材は本試験レベルでは無い…。
解いてみる。
これは!? これだ!今迄の試験で出来なかったのはこのレベルの問題だよ!
もう、前日と当日、時間の許す限り、本試験レベルを解いて、暗記する!
時間だ。試験会場のパソコンの前で祈る。ドキドキしていた。少し手が震える。もうこれ以上出来ない。いざ!スタート!
勉強をすればする程、1時間という試験時間が短く感じられる。
長男と長女の受験を思い出す。
国立の受験は、センター試験が1月末にあり、その後2次試験が2月末にある。あの子たち、この受験の為に、それこそ小学生の頃からコツコツと勉強をさせてきた。その集大成が国立の受験である。どんなに怖かったか。たった2ヶ月しか勉強していない、しかも何度でも受けられるネット試験でさえ、私はこんなに怖いのに。
試験終了。70点。合格した。
簿記3級の難易度は低い。果たしてそうであろうか?私は思う。商業高校の子達って勉強出来ないイメージがある。でも、社会に出で使える資格をとったりしているらしい。人間って能力にそんなに差がないんだな、と。環境の差だね。学歴は。
3 簿記3級 舐めてた
簿記3級不合格だった私は、モチベーションを保つため、再度受験の予約をした。1ヶ月後である。
「決算」辺りから、もう教科書のみでは対応は無理だと思う。あの教科書だけで理解できる訳がない!!今まであんなに丁寧に「仕分け」を説明していた教科書が、いきなり、ハイスピードで、細かいことを端折って、サラッと終わらせている。どうしてなの?作者の力不足だろ💢こんなんでわかるか(`皿´)💢💢
そこで再度YouTubeを頼る。今までずっとみていた「桜田」さんが、なんと、決算辺りからまだ動画を作っていないという。どうしたらいいのよ…。大丈夫、「たぬきち」がいた!
優しげな桜田さんの声と打って代わり、「たたた た ぬ き ち です」に抵抗を覚えつつ、仕方がない、頼るしかない。たぬきちを聞くことで、なるほど、わかる気がした。なんかわかった。なるほどと少しづつ意味がわかるようになる。聞いてるだけじゃダメだ、ノートを取り始める。聞く、書く、事でインプットされ、問題を解いて定着する。
ざっくり理解したところで、二回目の試験日がきた。さあ、どうだ!?
結果は48点。教科書や問題集よりずっと難しい!だいたい教科書では100円とか、1000円とかそんな単位で説明し、練習問題が出る。
ところが本番ではいきなり単位が大きいだけではなく、数字も5270000円とかそんなのになってる。そこで挫折する。あと、問題が本当に捻り入ってきて、1問数字を間違うと、ほかの2問もその数字がベースになっているから間違いになるし。日本語もおかしい。何言ってんの?という感じ。
しかしだ、もう、2ヶ月勉強してきている。仕事中も、隠れて勉強しているのである(1人体制の図書館)。ここで引き返す訳には行かない。まだ私は問題集を最後まで終わらせてないのだ。問題集をやれば、何とかなる‼️と、自分を鼓舞する。
3日後に3度目の試験を予約した。
その2 簿記3級舐めてた
メルカリで「みんなが欲しかった簿記の教科書(日商3級)」と「みんなが欲しかった簿記の問題集(日商3級)」を購入。早速読み始める。うーん、教科書だけだと、なんか入ってこないな。頼みの綱のYouTubeで桜田さんの簿記3級を見ながら勉強を進める。まあ、順調。
しかし「チャプター8 試算表」に入ったところで、なんかよくわからない(´°д°`)
振り出しに戻る。チャプター1から再度読み直す。2度目を丁寧に読むことで理解が深まる。この辺りは仕分け一色だ。問題集も解き進める。チャプター9まで来た所で1度ネット試験を受験してみる。3850円である。まあ、気軽に受験できるお値段。
教科書はチャプター13まであるが、まだ9までしか終わってない。が、試験は70点合格である。1ヶ月勉強したし、簿記3級は仕分けが重要だって言うからね。受かるんじゃない?そんな気持ちだった。
ネット試験会場に到着。中に入ると20代の男子が多めな印象。試験時間は1時間。よし、スタート!
試験は大問1 仕分け問題45点 大問2 帳簿記入 勘定記入20点 大問3 決算整理がらみの総合問題35点である。
大問1仕分けを丁寧に解き進める。パソコンに入力が、なんか慣れないせいで難しい。30分くらいかかったろうか?まあまあできた気がするε-(´∀`*)ホッ
さて、大問2 ?聞かれている事すらわからい。
?大問3 もう私はやれる事は何も無かった。ただただ、なんとなく、パソコンを眺めていた。
1時間経過し、終了。結果は大問1が38点取れただけ。不合格である。
この時点で私はまだ富士山で例えるなら、五合目に到達した状態であることを後に知ることになる。
本当の簿記の恐ろしさはここからであった。
その1 簿記3級 舐めてた
投資系YouTuberの両学長によると、小金持ちになるためには準備がいると言う。
資産5000万円の小金持ち山に登るための装備品の1つは「簿記3級」である。
装備品は色々ある。
例えば、使っていないクレジットカードの解約、使っていない銀行のキャッシュカードの解約、要らない保険の解約、高過ぎる保険の見直し、携帯料金の見直し、サブスクの解約、不用品の処分、などなど。
私はひとつづつ装備品の準備を進めて行った。
…「簿記3級」は、まあ、いいかな、だって、今更そんな商業高校の学生が取るような資格取ってどうするのよ、53歳パート主婦の私が…。
しかし、気にはなっていた。簿記って何?と。なぜ小金持ち山に登るために必要なのか?
そんな中、私を簿記3級に挑戦させる決意をさせたのは娘である。
娘は当時国立女子大の3年生であった。就活真っ只中である。4年生の先輩達やバイト先の4年生はその頃既に内定を貰っていて、なんとなく、もう違う道を歩き始めている。今までとはなにか距離ができつつある寂しさを感じていた。そして先輩たちが内定を貰った会社は、様々な業界であった。娘は食物科だったため食品業界を検討していたが、それでいいのか?と、日々揺らいでいた。正解など無いのかもしれない。
娘の数少ない友人の中の、さらに数少ない男友達のS君がH社の経理に内定が決まった。彼の父親もずっと経理をしていて、海外転勤も経験しているという。その影響らしい。その彼が「簿記3級」を取った、と言う。
娘は「すごいよね、いいよね経理」「自分も経理がいい」「大学選びを間違った」など、自分を卑下して人を羨む。私はS君のそこが嫌いなのかもしれない(知らない人だけど)。娘のそういう部分を本能的に嗅ぎ取り、近くに置くことで優越感に浸る。もしくは、助長させる。
私は言った。じゃあそんなにS君が羨ましいなら経理受ければ?今から簿記勉強しますって言えばいいじゃん、と。
私は娘を応援したい気持ちが少しと、この気持ちに便乗して簿記3級を取ってしまおうという下心から勉強を始めた。この気持ち?S君に対する娘の「すごいよね」に対抗するのだ。そんなの凄くないから。